大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)939号 判決

理由

被控訴人の控訴人らに対する債務名義として、京都地方法務局所属公証人本多芳郎作成にかかる別紙目録(省略)記載のような金銭給付請求権について控訴人らが直ちに執行を受けても異議がない旨の認諾条項の記載のある公正証書六通が存在することは当事者間に争いがない。もつともこの点について控訴人らは、第八四八六号、第八四八七号公正証書の第七条には、連帯保証人として松井忠市の氏名が記載されているとか、第八四八九号公正証書の当事者の記載には、控訴会社も連帯保証人として表示されているとか主張している。しかし弁論の全趣旨によると、右は本件公正証書が極めてずさんなものであることの一例として主張するもので、別紙目録記載のような公正証書の存在すること自体を争う趣旨とは認められない。

控訴人らは本件公正証書は民法一〇八条の双方代理禁止の趣旨に反し無効であると主張するので、まず右公正証書作成のいきさつについて考察するに、《証拠》によると、次のような事実を認めることができる。

訴外株式会社大和洋家具店は被控訴人から手形割引の方法により融資を受け、同会社の代表取締役であつた控訴人西田はその連帯保証をしていたが、右会社は昭和三三年一一月頃倒産したこと、そこで控訴人西田は新たに控訴会社を設立し、右会社は訴外会社の被控訴人に対する債務六七万三七〇〇円について債務引受をし、右債務について控訴人西田は連帯保証をしたこと、そして控訴会社は額面総額が右債務金額となるようにして一四通の約束手形を振出し、なお控訴人らは右債務について公正証書を作成することを了承して白紙委任状と印鑑証明書各一四通を交付したこと、その後控訴人らは右債務の一部を弁済し、昭和三五年八月頃には債務の元本額が金六四万五〇一六円となつていたこと、被控訴人は昭和三五年一二月三日前記白紙委任状等を用い、自分の使用人であつた貴船信夫を控訴人らの代理人に選任し、右貴船との間に本件公正証書を含む一四通の公正証書を作成したこと、右公正証書の元本総額は当初の債務額たる前記六七万三七〇〇円とした外、弁済期は手形の満期どおりとし、違約損害金は利息制限法所定の最高利率日歩一〇銭九厘とし、また貸付日は右手形の振出日が白紙であつたのを昭和三四年六月一日と補充したのでこれに合わせたこと、

以上の各事実を認めることができ、格別これに反する証拠はない。

ところで被控訴人が訴外西田タキエ所有の不動産の任意競売により、昭和三五年一一月二四日金五七万八九五〇円の配当を得たことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証に弁論の全趣旨を総合すると、右任意競売においては配当表が作成され、配当表によれば右配当のうち金五七万二七〇〇円は、前記債務のうち元金債権に対する配当であり六二五〇円は利息債権に対する配当であるから、前記元金債務のうち金五七万二七〇〇円は右配当の実施により消滅したものと認めることができる。被控訴人は元金へ三六万四八五二円、損害金へ二一万四〇九八円充当したと主張する。しかしながら任意競売において、配当表が作成された場合、異議のある抵当権者は、抵当権者相互の抵当権の存否、順位、被担保債権の範囲、および競売手続において配当を受くべき金額等を主張して配当表に対する異議の訴訟を提起し得べく(最高裁昭和三一年一一月三〇日二小判決参照)、債務者は民訴第六九八条第一項により各債権者の債権、および担保権の存否、順位、範囲等について異議を申し立てるものと解するのが相当である。そうだとすれば、不動産の任意競売において配当表が作成され、配当表に従つて配当の実施がなされた場合においては、債権者は債務者に対し、弁済の合意、債務者からの債務の弁済の指定もしくは、債権者の弁済の指定がないことを理由に、配当表の記載と異なる弁済の充当、たとえば元金に配当されたものを損害金に弁済、充当を主張することは許されないものといわなければならない。そうすると右入金により本件債務の元金残はせいぜい金七万円程度になつていたものであるにかかわらず、被控訴人においては元本としてなお金二七万円以上が残存すると主張するのであるから、右債権債務の大部分についてその存在するかどうかに関してさえ、被控訴人と控訴人らの争いがあつたことになる。

ところが被控訴人はこのような状況の下で前記委任状等を使用し、自ら控訴人らの代理人を選任して本件公正証書を作成したのである。右のように契約当事者の一方が、相手方から予め公正証書作成用の代理人選任のための白紙委任状を受領している場合、受領後相当期間経過後であつても右白紙委任状を利用して相手方の代理人を選任しこれによつて債務名義たる公正証書を作成することは必ずしも許されないことではない。しかしながらこのようにして成立した公正証書記載の契約の効力が是認されるためには、その内容が契約者本人の意思により予め確定されていることを要し、右契約により新たな利害の衝突を生ずるものであつてはならない。換言すれば当事者間に争いのある法律関係について、当事者の一方が右のようにして選任された代理人に対し任意に契約条項を決定し、執行約款をつける権限を与え、これとの間に公正証書を作成したとしても、右代理権の授与、従つてその代理行為は民法第一〇八条の規定の趣旨に反する無効のものといわなければならない。

そうだとすると本件公正証書はいずれも無効であるから、その執行力の排除を求める控訴人らの本訴請求は正当である。よつてこれを棄却した原判決を取り消した上、控訴人らの本訴請求を認容。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例